「申し訳ない」から考える言葉の誤用の有効期限

申し訳ない
昨夜、『林修の初耳学』を見ていますと「申し訳ない」は形容詞であり、「申し訳ございません」は誤用である。と解説されていました。「申し」+「訳」+「ない」と認識していた私にとっては結構な衝撃でした。

 

申し訳ございません はいつまで誤用なのか?

「申し訳ない」という言葉自体おそらく古い言葉ではないはずですし(古文で見たこと無い。「かたじけない」とかならあるけど。)、”「申し訳ない」一語で形容詞である ”というならそうなんだろうと思いますが、これを誤用とするのはもう無理があるよなぁと思ったのが率直なところです。

 

申し訳が立たない なんて言い方もしますしね。
謝罪会見見てたら大概の人が「申し訳ございません」って謝ってますし、もう十分市民権得てるでしょう。

 

それにしても、「現代国語」は分けないんでしょうかね? このままずーっと「現代国語」でいくのでしょうか。別に国語学者や講師を目指しているわけでは無いのでどうでも良いですし、それを言うと古文なんてどうなるんだという話ですが。
あと100年もすれば明治・大正時代の言葉なんて十分古典になっていそうですけど、それでもまだ「申し訳ない」は形容詞である! とか言ってるんでしょうか。

 

 

らぬき言葉も認めてあげたら?

言葉の誤用でしょっちゅう槍玉にあがる「ら抜き言葉」も、個人的にはそろそろ認めてやっていいんじゃないかと思っています。
私自身は「ら入れ言葉(?」が染み付いているので「ら抜き言葉」に違和感を感じてしまう側ですが、ら抜き言葉は動詞に「得る(可能)」が接尾語的に付随し音便化したという説もあります。
(食べる + 得る = 食べれる)

 

敬語としての「られる」と識別しやすいというメリットもありますし、もういちいち目くじら立てなくてもいい時期にきているのではないかと思います。

 

久々に店とは無縁極まりない話でしたがご容赦ください。

ではまた

 

 

補足

番組中で林先生が『「申し訳」を名詞として考えれば、申し訳ありません も誤用とは言い切れないところがある』と仰っているところまできちんと見ましたし、私、あの方の話や物事の理解には一定の敬意を払っておりますので、この記事は”林のやつ、頭固いなー” と批判しているわけではありません。念の為に記しておきます。


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